最近ではスタートアップ企業の創業が増えています。スタートアップとは、新しい技術やアイデアを持つ起業家が、市場のニーズや機会を見つけて事業を始めることであり、スタートアップ企業は、革新的な製品やサービスを提供し、成長の可能性を追求するのが特徴です。
今回の記事では、スタートアップ起業の状況や会社設立からIPO(新規株式公開)等のイグジットへと至るためのポイントについて解説していきます。スタートアップの特徴や現在の状況、他の企業形態との違い、メリット・デメリット、スタートアップの事例とその成功ポイント、イグジットを目指す経営の進め方などを詳しく解説するので、興味のある方は参考にしてみてください。
1 スタートアップとその現状
ビジネスで使用される「スタートアップ」とは、創業して間もない「新しい企業」として認識されることが多いですが、様々な定義が見られます。スタートアップの名称が広まり始めたのは、米国のシリコンバレーを中心としたIT業界において、「新しく設立されて間もない企業」に対して使用されるようになってからです。
例えば、米国のスタートアップとしては、Google、Facebook、Amazon、などがよく挙げられます。最近では、カーシェアリングサービスのUber、空き部屋シェアサービスのAirbnbなどもその代表的な例です。
このスタートアップには共通する特徴として、「短期間に急激に大きく成長する」傾向が見られます。そして、それを実現するために、「イノベーションの実現或は革新性の具現化」「多額の資金調達」「出口戦略(イグジット=比較的短期間でのM&AやIPO等)の策定」などに向けた経営が志向されるのです。
経済産業省中国経済産業局が平成31年2月に公表している「平成30年度 地方創生に向けたスタートアップエコシステム整備促進に関する調査事業 報告書」では以下のようにスタートアップを位置づけています。
そして、その主な特徴として以下の3点が指摘されています。
- ・成長のスピードが速い
- ・ビジネスに斬新性があり、イノベーション、社会貢献を意識している
- ・出口戦略(イグジット)を検討している
これらの特徴を実現していくことは簡単ではないですが、起業して事業を成功させるにはこのスタートアップの経営を上手く取り入れたり参考にしたりすることが有効です。
1-1 スタートアップの状況
世界と日本のスタートアップの状況について簡単に説明しましょう。
1)世界のスタートアップ
先の経済産業省の報告書によると、世界でのスタートアップの創業は活発化しており、世界のベンチャーキャピタル(VC)や事業会社の彼らへの投資額は2017年に1644億ドル(前年比約49%増)に達し、2000年以降最高になりました。
米国ではシリコンバレーのほか、ニューヨーク、ボストンやロサンゼルスなど他の地域への分散も強まっています(北米全体では745億ドル、前年比17%増)。また、米国以外では、欧州は176億ドル(前年比40%増)、アジアは708億ドル(前年比2.2倍)でアジアの伸びが著しいです。
なお、こうしたスタートアップの急増の背景として、同報告書は以下の点を指摘しています。
- デジタル化の進展による新たなビジネスチャンスの拡大
- スタートアップの立ち上げコストの低下
- スタートアップへの投資資金の流入増
- 各国政府のスタートアップの促進策
例えば、IoT、AI、仮想現実(VR)、ロボティクスなどのデジタル技術に立脚したスタートアップが世界中で創設されるようになりました。政策面では、金融支援、スタートアップコニュニティーの構築支援、スタートアップへの国民の理解と立ち上げ希望者の増加に向けた啓蒙活動、IPOが実現しやすい新興企業向けの株式市場の整備、などが実施されており、スタートアップが誕生しやすい環境が大幅に改善しているのです。
2)日本のスタートアップ
現在の日本のスタートアップについては、2014年あたりから第4次ブーブが到来していると言われる状況です。第1次ブームは1970~73年頃で、ファナック、日本電産、キーエンス、ぴあ、などが設立されました。第2次ブームは1982~86年頃でジャストシステム、ソフトバンク、エイチ・アイ・エスなどが設立されています。
第3次ブームは1993~2006年頃で、前半ではライブドア、楽天、価格コムがあり、後半ではグリー、ユーグレナ、サイバーダインなどの設立がありました。
スタートアップを輩出する環境は各々の時代で異なりますが、現代は人々の安定志向やリスク回避志向がやや強まっている状況です。そのため、全般的には起業やスタートアップの立ち上げへの意欲はやや低いですが、首都圏の若者などを中心にスタートアップの立ち上げは少なからず見られるようになってきました。
日本でもVCなどからのスタートアップへの資金提供が2013年以降増加傾向で、独立系、事業会社系、大学系など多様なタイプのVCも登場しています。また、政府もスタートアップへの支援策を強化するようになり、スタートアップとしての設立や運営が行いやすい環境になっているのです。
株式会社ユーザベースが運営する「INITIAL」の情報によると、国内スタートアップ数は20,000社で、海外のスタートアップは2,061,000社と示されています。その国内スタートアップの直近の資金調達額と資金調達者数は以下の通りです。
2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | |
---|---|---|---|---|---|
調達者数(件) | 2915 | 2876 | 2739 | 2721 | 2224 |
調達額(億円) | 4868 | 6000 | 5554 | 8508 | 8774 |
2013年時点では調達者数は1348件、調達額が877億円であるため、ここ10年近くの間に両者ともに大幅に増加しました。近年では新型コロナの感染拡大や物価高騰などが経済に大きな影響を与えたため、調達者数には減少傾向が見られるものの、調達額は増加しています。
厳しい状況の中でも大きな成長が見込まれるビジネスモデルを有するようなスタートアップは資金調達力が高いと言えるでしょう。
1-2 企業形態とその特徴
創業する際の企業形態として、スタートアップのほかに「ベンチャー」や「スモールビジネス」などが挙げられます。これらの形態の特徴を理解して採用することでそのメリットを活かしビジネスを有利にしていくことも可能です。
ベンチャーは、一般的には「新規事業を開拓するために設立された企業」を指します。イメージとしては、「小資本・小規模の事業組織で新しいビジネスに取り組む、設立後日の浅い企業」という意味で使用されることが多いです。
もちろん資本や規模のほか、創業年数などに決まった範囲があるわけではありません。一般的にはベンチャーの多くは大企業や中堅企業などと比較して、規模や創業年数で劣りますが、設立当初から中堅企業の規模に匹敵する組織で創業するケースもあります。
なお、「新規事業を開拓するために設立された企業」という点においては、スタートアップも同様であり、広義においてはスタートアップもベンチャーの1形態と言えるでしょう。
ただし、先に説明した通り、スタートアップは、「イノベーション等の実現で短期間の成長を図りイグジットを目指す」企業を指しますが、ベンチャーの場合は、このイノベーション・短期成長・イグジットにこだわる経営を志向するとは限りません。
もちろんベンチャーの中にもイノベーション・短期成長・イグジットなどを目指すケースは少なくないですが、それらの実現を主要な目標とした経営にこだわらないということです。
一方、スモールビジネスは、一般的には「小規模ビジネス」を指します。従って、ベンチャーもスタートアップも小規模でビジネスを展開している間はスモールビジネスの1形態に入るわけです。
ただし、スモールビジネスには、事業の新規性等に関する志向はなく逆に既存のビジネスを対象とするケースが多く見られます。また、事業規模も非常に小さい個人事業者やフリーランスなども対象となり、成長の速度や将来のイグジットなどに関する具体的な目標を有するケースは多いとは言えません。
なお、スモールビジネスの場合、資金提供者は主に政府系や民間の金融機関で、彼らからの融資がメインとなり、スタートアップのようにVCから資金提供を受けるケースは少ないです。
VCや投資家などの多くは、できるだけ短期間での投資回収や多くのリターンを希望するため、その可能性の高い企業を探し投資します。VC等の事業目的から考えると、スタートアップが彼らの主な投資対象となるわけです。
2 スタートアップのメリット・デメリット
スタートアップの経営が、創業者や企業自身にどのようなメリットやデメリットをもたらすのかを確認しましょう。
2-1 スタートアップのプラス面
具体的には以下のようなメリットが期待できます。
1)資金調達の可能性の増大
スタートアップとして会社設立し事業を進め行く場合、スモールビジネス型の企業よりも資金調達が容易になるでしょう。
その理由はVCなどからの資金提供が受けやすくなることが挙げられます。例えば、既存のビジネスで創業する場合、主な資金源は自己資金と金融機関からの借入金が中心です。
一般の個人が既存の平凡な事業で創業する場合、その者が設立する会社が株式や社債などを発行して特定の企業や投資家などから資金を調達することは容易ではありません。
何故なら、資金提供者にとって既存の平凡な事業でかつ小規模事業の場合、それに対する投資はリスクの割にリターンの魅力が小さい、うま味の少ない投資になりやすいからです。
他方、スタートアップが事業の革新性で急成長を目指すビジネスモデルを採用する場合、他の形態以上の短期間でイグジットが実現されれば、投資側は大きなリターンが得られるようになります。
こうした両者の特徴の違いから、VC等はスタートアップに資金提供することを事業の中核としており、スタートアップは他の形態に比べ資金調達がしやすいのです。
また、最近ではクラウドファンディングで資金調達するケースが増えてきましたが、既存のビジネスよりも新規性や社会貢献性のあるスタートアップの事業のほうが人気で、資金調達が容易になっています。
2)資源や支援の確保が容易
スタートアップは、他の形態に比べ資金調達以外にも様々な支援や資源が確保しやすいです。VC等では資金提供(出資等)のほかにもスタートアップを様々な面から支援しています。その代表的な支援は経営支援であり、財務・人事・マーケティングなどの組織運営に関するサポートを提供するケースは多いです。
また、仕入先・提携先のほか販売先の紹介などにも積極的に支援するVC等もあり、経営資源が乏しいスタートアップが事業基盤を早期に確立するのに役立っています。
つまり、こうした支援は、スタートアップが抱える創業時の資源不足による経営の不安定さを補い、事業の成功確率を高めることに貢献しているのです。
3)支援者との接点の拡大
イノベーションや事業の革新性を追求するスタートアップは、VC等におけるビジネスコンテスト等への参加や公的制度を利用する機会が増えるため、支援者との接点が広がりやすくなります。
新規性の高い事業に関するビジネスコンテストが頻繁に開催されるようなっており、スタートアップ型の企業にはその参加のチャンスが増えており、支援者との出会いの場が広がっているのです。
コンテストで何らかの賞を取ると、資金の獲得のみならず、知名度がアップして販売先や取引先との接点が生まれ、拡大しやすくなります。また、国や自治体等ではスタートアップを支援する制度が増えているため、様々な支援を受けられるとともにそれが支援者の増大に繋がることも少なくないのです。
創業間もない企業が事業をスムーズに展開し軌道に乗せるには、必要な経営資源を必要な時期に確保することが重要となりますが、支援者との接点が広がりやすいスタートアップは他の形態よりも有利になります。
4)短期間の成長
スタートアップはイノベーションを実現して革新性の高い事業を展開することによって、急激に事業を成長させ短期間で大企業へと発展させることも可能です。
既存のビジネスの場合、多くのライバルが既に存在していて、その中で事業を展開して大きく成長するのは容易ではありません。一方、スタートアップが新規性の高いビジネスモデルを採用していれば、ライバルは少なく、成功すれば大きな利益とともに事業を急成長させることができます。
もちろんリスクの大きなハイリスク・ハイリターンのモデルになる可能性は否定できないですが、一気に市場を占有してリーダー企業として急成長することが可能です。
そして、その成功でイグジットまでの期間が短縮でき、創業者としての利益を回収する時期も早まり、その後の選択肢(更なる事業規模の拡大や別の事業への進出等)の幅も広がっていくでしょう。
2-2 スタートアップのマイナス面
以下のようなデメリットを被る可能性もあるため注意が必要です。
1)リスクの高さ
スタートアップとして、イノベーションの実現や新規性の高い事業の開発に取り組み市場を開拓していく場合、事業の成功確率は他の形態よりも低くなりかねません。
どのようなイノベーション等を目指すかでその成功確率は変わってきますが、革新性が高いほど技術面や、資金を含む資源の面で難易度が高くなり、失敗するリスクも大きくなるのです。
また、イノベーションを実現して技術や製品等を開発できたとしても、それをビジネスとして展開するためのシステムを組み上げることが難しかったり、運営が困難であったりすることも珍しくありません。イノベーションが現実的なビジネスとして具現化できないことも少なくないのです。
その困難さを乗り越えて成功するには、的確なマーケティング戦略を採用するとともにそれを可能とする適切な組織運営、経営が求められます。こうした特徴のあるスタートアップには先に指摘したように、第三者からの支援や協力が重要となるのです。
成功確率の低いモデルの経営は他の企業形態の経営以上に難しくなり、失敗する可能性が高くなり得るため、より丁寧な事業展開や組織運営が求められます。
2)高度な経営資源の確保の困難さ
スタートアップの事業は既存ビジネスよりも革新性が高い内容となることも多いことから、資金のみならず事業を遂行するための高度な人材や協力者の確保が必要ですが、その確保が容易ではありません。
例えば、特定の技術や知識を有する人材を社員として確保する、特定の性能・品質を有する製品・サービスを提供できる提携先や外注先を確保する、という必要性に迫られるケースは多いです。
特定の技術やアイデアを有するIT人材などは特に人手不足の状態ですが、スタートアップがその中で必要人材を確保するのはより困難です。また、技術や製品等の開発だけでなく、事業を円滑に展開していくためのマーケティングをはじめとした経営ノウハウを有する人材も求められます。
どの企業形態でも同様ですが、スタートアップは事業リスクの高さや高度な職務内容などの点から人材等の確保がより難しくなることも多いです。
いくら優れた革新的な技術があってもそれを事業化し、ビジネス展開していくための必要な人材やパートナーが確保できなければ、スタートアップの成功が難しくなることに留意しておかねばなりません。
3)イグジットの困難さ
スタートアップの目標として、短期間での株式公開やM&Aなどの出口戦略の実現が挙げられますが、達成するのは簡単ではないです。
もちろんスモールビジネス型の企業と比較すれば、その可能性はスタートアップのほうが高いでしょう。しかし、スタートアップとして、創業しても想定するイグジットを実現するまでに長時間を要したり、実現できなかったりするケースはよく見られます。
例えば、2021年にIPOを行い上場した企業は93社です(この93社がすべてスタートアップであるかは不明)。また、特許庁の資料「Ⅲ.我が国におけるスタートアップをとりまく現状と課題」によると、2006年1月1日から2020年12月31日までに設立し、事業活動を継続している未上場スタートアップは7,976社であるというデータが示されています。
多く見積もった場合、2021年の年間に上場しているスタートアップの割合は、93社÷7976社×100%=1.17%程度です。このようにスタートアップでもIPOできるのはほんの一握りと言えます。
なお、会社設立から上場までの期間を見ると、全体としては16~17年程度となっており、やや短縮傾向にありますが、IT系のスタートアップなどの場合5年以内の上場もみられるようになってきました。最短では2年半ほどで実現しているケースもあります。
このようにスタートアップによって、上場の実現の可否や達成までの期間に大幅な差が生じることが十分にあり得るのです。また、イグジットの実現を急ぐあまりに実力以上の戦略を無理に進めて事業を失敗させることもないとは言えません。
以上の通りスタートアップが出口戦略を完遂することは簡単ではなく、実現するための的確な経営の実践が求められます。
3 スタートアップの事例と成功のポイント
ここでは成功しているスタートアップの事例を紹介し、その成功のポイントを確認しましょう。
3-1 スタートアップの代表例
スタートアップの成功例として以下の3社を紹介します。
1)株式会社メルカリ
●企業概要
- ・本社所在地:東京都港区六本木6-10-1六本木ヒルズ森タワー
- ・設立:2013年2月1日
- ・資本金:44,628百万円(2022年6月末時点)
- ・上場:東証プライム
- ・事業内容:フリマアプリ「メルカリ」の企画・開発・運用
●ビジネスの主な特徴
同社のビジネスは、不用なものが出品され、それを欲しい人が自由に購入できるフリーマーケットのような環境をネット上に提供するもので、スマホ等で利用できる、そのプラットフォームの開発・運用になります。
メルカリが登場するまでに不用なものをネット上で売買できるサービスはありましたが、利便性や安全性のほか認知度などに問題があり十分な普及は見られませんでした。
そうした中、メルカリは「スマホだけでも簡単に取引ができる」「安心して取引できる」というシステムを作りサービスを提供し始めたのです。前者については、不用なものをスマホカメラで撮り値段とコメントをつけてアップするだけの簡単作業で手間も多くかかりません。
後者については、支払のシステムとして、商品が買手に到着・評価されるまで代金をメルカリで預かるシステムとなっており、取引の信頼性を高めています。
こうしたネットビジネスの弱点だった点を克服する仕組をビジネスモデルとして実現しています。
●成功のポイント
同社は2013年の設立から5年目の2018年に東証マザーズに上場しました(2022年に東証プライム市場に変更)。この短期間で上場できた成功の主なポイントは以下の通りです。
(1)他社に先んじた勝者のビジネスモデルの確立
ビジネスでは、市場が未発達の状態である場合に、市場規模を大きく拡大させる新たな商品・サービスを提供することで、一気にその市場のリーダーになれることも多いですが、同社はそれをやってのけました。
ネットビジネスの場合、知名度・利便性・安全性(安心感)の点でユーザーの支持を一旦得ると、シェアを一気に爆発的に拡大させることが可能で急成長できます。
同社のビジネスモデルが他者よりも先に実現し支持を得たことにより、Winner Takes All(勝者がすべてを得る)が可能となったのです。
(2)認知度向上のためPR
いくら優れたプラットフォームでもターゲットに認知されなければ、ビジネスを拡大させるのは困難であるため、同社はそのためのPRに注力しました。
同社のフリマアプリの利用を高めるためには、そのアプリを多くの人にインストールしてもらう必要があり、その前提としてアプリ自体の認知度を向上させる必要があったのです。
メルカリによると、2013年12月では100万ダウンロードでしたが、2014年4月からテレビCMを開始した結果、2015年2月には1000万ダウンロードを突破しました。
(3)資金調達
アプリの開発、関連するサービスの開発やPRに注力していくには一定の資金が必要となりますが、同社は初期のPR等に必要な資金調達に成功しています。
同社は会社設立から1年満たない、アプリのダウンロード数が100万に達しない状況で約14億円の資金を調達できました。実績が十分でなく、1年未満の会社が10億円を超える資金を調達するのは困難ですが、経営者の能力や実績、ビジネスモデルの内容などが評価された結果と考えられています。
優れたビジネスモデルを絵空事に終わらせないためには、スタートアップでは特に必要資金を確実に確保する取組が欠かせません。
2)freee株式会社
●企業概要
- ・本社所在地:東京都品川区大崎1-2-2アートヴィレッジ大崎セントラルタワー21階
- ・設立:2012年7月
- ・従業員数:916人(2022年6月末時点、連結会社の総数)
- ・上場:東証グロース(2019年12月上場)
- ・事業内容:会計ソフト、給与計算ソフト等の開発、運営
●ビジネスの主な特徴
同社の設立当初のビジネスモデルは、個人事業者などを対象として、会計処理、給与計算などの業務をAIで処理できるシステムをクラウド上で提供するというものです。
経理業務や給与計算業務などが可能なソフトを提供するサービスは既に存在していましたが、同社はそうしたサービスをクラウド上で手軽にかつ低コスト提供するという革新的サービスを他社に先駆け成功しました。
それまでの会計ソフトの場合、適切に利用するには一定の会計知識が必要でしたが、同社のサービスではAI機能を駆使することによって、自動的に勘定科目が判断され、利用者が記帳のための入力作業も不要にできます。
スマホでレシートを写すと記帳が可能となるため、会計知識が乏しくても経費精算等の業務が簡単に処理できるのです。もちろん請求書の作成も可能で、日々の会計処理を適切に実施すれば決算書の作成もできます。また、こうした会計情報は随時確認できるため、経営分析に活かすことも可能です。
現在では業務ソフトの提供のほかに、起業・会社設立に関連するサービス、金融関連サービス(事業用クレジットカード、資金調達アプリ 等)も行っています。
●成功のポイント
(1)事業の革新性
同社のAI・クラウド・スマホなど活用したシステムは、従来ソフトにおける会計知識や入力作業といった利用者の負担を大幅に軽減しました。また、低価格の利用料で提供することで「手軽な利用」が可能となり利用上のハードルを下げることに成功したのです。
ターゲットの抱える問題点や真のニーズに着目して、それを解決するための仕組をデジタル技術等で具現化し、他者に先駆けて市場に投入できたことが同社の成功に繋がりました。
(2)資金調達
商品・サービスの開発には多額の資金が必要ですが、同社は会社設立後の間もない頃からその資金調達に成功しており、その後も継続させています。
会社設立した2012年の12月に米国のVCから約5千万円を調達しました。その後は2015年に35億円、2016年に33億円、2018年に65億円などの調達に成功し、これらの資金で有望なソフトをリリースしてきたのです。
(3)事業の拡大に向けた次の一手
同社は会社設立の翌年3月にクラウド会計ソフト「freee」をリリースして、事業を本格化させ、その後も次々とクラウド上でのサービスを提供してきました。
会社設立の手続を支援する「会社設立 freee」を2015年に、勤怠や労務手続及び給与計算を行う「人事労務 freee」を2017年にリリースして、同社は順調に事業を拡大することに成功しています。
例えば、利用者の順調な増加により、同社はクラウド会計・人事労務ソフトの法人シェアにおいて1位になりました。
その後も事業用クレジットカード「freeeカード」、民泊開始手続きのサポートを行う「民泊開業freee」、月次監査サービス「AI月次監査」などを開発・リリースしています。
(4)コンテスト等の活用
同社はコンテスト等を事業の成長や企業の発展に活用してきました。2013年からの「IVS 2013 Spring LaunchPad」の優勝、ASPIC ASP・SaaS クラウドアワード 2013 ベストイノベーション賞の受賞、グッドデザイン賞の受賞をはじめ、これまでに数々の賞を受賞しています。
こうした賞の受賞は賞金等の直接的な特典のほか、知名度の向上とともに資金提供者や協力者・パートナーなどと巡り合う機会の増大に繫がり、成長を後押ししてくれます。
3)ラクスル株式会社
●企業概要
- ・本社所在地:東京都品川区上大崎2-24-9 アイケイビル1F
- ・設立:2009年9月1日
- ・資本金:27億2699万7100円(2023年1月31日時点)
- ・上場:東証プライム(2018年東証マザーズに上場)
- ・事業内容:印刷事業や運送事業等のシェアリングプラットフォームの提供サービス*事業の内容からはSaaS事業者とも言える
●ビジネスの主な特徴
同社のビジネスモデルは、企業の遊休資産を利用したシェアリングエコノミーを実現するためのプラットフォームの提供サービスになります。その主要な事業は「ラクスル」と「ハコベル」です。
例えば、「ラスクル」は、全国の印刷会社と提携してその保有する印刷機の非稼働時間を活用し、高品質な印刷物を低単価でユーザーに提供するというモデルです。また、集客活動を支援する新聞折込やポスティングなどの広告サービスも提供しています。
「ハコベル」は、全国の運送会社と提携してその非稼動時間を有効活用できるようにすることで、高品質かつ低価格な運配送サービスを提供できるというモデルです。
ほかには、「ノバセル」と「ジョーシス」があります。「ノバセル」は、テレビCM等の広告動画の企画・制作・放映・分析までを一気通貫で提供するサービスです。「ジョーシス」はコーポレートIT(会社の情報システム)のアナログ業務の自動化・効率化と情報資産の統合管理のサービスを提供します。
対象とする業界や企業の問題やニーズを掴んで、それをITの力で解決するというビジネスモデルを基本としているのです。
●成功のポイント
(1)ITを利用したシェアリングエコノミーの実現
対事業者ビジネス(BtoB)や季節性のあるビジネスなどでは、保有する設備や人員などの未稼働時間が問題となるケースが多いです。
特定の顧客との取引で仕事量が安定すればよいですが、その取引先からの注文量が減少すれば業績が直ぐに悪化するという事業構造になっている企業も少なくありません。また、季節性のあるビジネスでは繁忙期には従業員が残業・休日出勤して対応するが、それ以外の時期では人手が余るという事業構造の企業も多いです。
また、こうした事業構造で保有する資産等の費用負担が大きくなっていけば、事業継続が難しくなっていくため、そうした企業では効率的な資産の活用が経営課題になります。
この課題を解決するためにラスクル社は「ITを利用したシェアリングエコノミー」をビジネスモデルとして実現していました。ラスクルのサービスにより、個人事業主や小規模事業者等は印刷物を小ロット・短納期・低価格で発注することが可能となり、印刷業者は空き時間を埋めて稼働率を向上できるようになりました。
(2)サービス内容の充実
同社のビジネスは便利なプラットフォームの提供サービスというだけでなく、その事業のサービス等の内容を充実させて顧客満足度を高めユーザーの支持を得ているのです。
例えば、ラスクルは印刷サービスを提供するものですが、ユーザーが利用しやすいように様々な印刷サービスのメニューをラインアップして多様なニーズに対応しています。
また、印刷物の新聞折込やポスティングといったサービスまで提供しており、印刷物に関するユーザーの真のニーズ(印刷物を作って自社等をPRする)にも対応しているのです。
新しいビジネスモデルを考案して具現化していく過程において、こうした真のニーズを捉えてサービスを進化させることも必要になります。
(3)安心の提供
同社はネット経由で提供するサービスとして、ユーザーが安心して発注・利用できるための仕組を提供しています。
ネット経由のビジネスは、実際に商品・サービスが見れない・触れない・確かめられない、という不安を伴う性質があり、それらがユーザーの購買・利用の妨げになることが少なくありません。従って、その点を克服していくことがネットビジネスの成功には不可欠です。
そのために、ラスクル社で以下のような取組を行っています。
- ・無料デザイン:WEBブラウザから利用できる無料のデザインソフトの提供
- ・満足保証:満足できない場合は再印刷か返金
- ・無料の印刷サンプル:紙の質感や仕上りの確認が可能な用紙・商品サンプルの提供
また、ハコベルでは、ドライバーを評価する仕組を設けて、サービス品質の向上に取り組んでいます。
3-2 スタートアップの成功のコツ
スタートアップが事業で成功する、イグジットを実現するための重要なポイントを説明しましょう。
1)イノベーションや革新性に基づくビジネスモデル
スタートアップが大きく成長していくためには、既存にないビジネスを考案し具現化していくことが重要です。そのためスタートアップはイノベーションと呼べるような革新性のあるビジネスの仕組を作り出すことが求められます。
イノベーション等に基づくビジネスモデルとは、今までに存在しない技術やシステム等を開発してそれをビジネス化するといったことです。現代では「デジタルトランスフォーメーション(DX=デジタル技術でイノベーションを起こし社会・産業を変革すること)」として実現されるケースが多く見られます。
実際、何らかのDXを開発して起業する事業者が増えており、そうしたスタートアップがユニコーン企業(「企業評価額が10億ドル以上で、設立10年以内の非上場のテクノロジー企業」に成長するケースも増えてきました。
短期間で既存の大企業と肩を並べられるような成長を目指すためには、こうしたビジネスモデルを採用することがスタートアップには欠かせません。
2)市場ニーズの見極め
スタートアップだけでなく、全ての企業について言えることですが、創業して事業を大きく成長させるには市場ニーズを適切に評価しビジネス化していくことが重要です。
いくらイノベーションを実現した技術や製品を利用するビジネスモデルであっても、対象とするターゲットのニーズに適応していなかったり、需要量が少なかったりすれば、ビジネスとしての成功は難しくなります。
ビジネスの標的を取り違えていたり、標的が小さすぎたりすれば、ビジネスがいかに画期的であってもそのビジネスは立ちいかなくなってしまうのです。
そのためビジネスモデルを組み上げる際にはターゲットのニーズとの適合性、アクセスの可能性・容易性、需要量の大きさ、リターンの回収速度、などを現状だけでなく中長期での期間でも適正に評価しなければなりません。
もちろん経済状況、ライバルの動向、技術の進展、消費者・企業等の価値観・行動様式、なども踏まえてニーズを分析することが求められます。こうした分析には高度な知識・ノウハウと豊富な情報量なども必要となるため、第3者の力も借りて丁寧に分析していくことが必要です。
3)的確な資金調達
スタートアップが短期間で発展を遂げるには、それを可能とする資金の確保が前提となります。例えば、彼らの目標を達成するためにはイノベーションを実現しビジネス化していかねばならず、そのための資金の確保が必要です。
また、企業の発展を持続させるには一つのイノベーションに頼ったモデルだけでは限界があるため、新たなイノベーション、そのビジネスシステムの構想と具現化への取組も必要となり、やはり多額の資金の準備に迫られます。
スタートアップが、他の形態のように開発したビジネスモデルで得た収益を貯めて次のビジネスへ投資する、という時間をかける経営ではなく、急成長を目指す経営を志向するなら、機動的な資金調達に取り組まなければなりません。
4)必要人材の確保とチームビルディング
スタートアップが創業後事業を軌道に乗せていく場合、それを支える経営者や従業員の質・量が成功の鍵になります。実際、スタートアップの失敗要因として「チーム(組織)の問題」を挙げる企業は多いです。
スモールビジネス型の企業においても創業時の人材確保は重要ですが、イノベーションの実現、革新性の高いモデルのビジネス化、急速で著しい成長などを目指すスタートアップは、それを可能とする人材が欠かせません。
スタートアップでも、小規模な組織で事業をスタートさせることが多いことから、限られた人数でいくつもの高度な仕事を兼務することが多いです。例えば、創業を共に行う経営者陣が技術開発、マーケティング、資金調達、パートナーの確保などの重要業務を担うだけでなく、生産・販売・経理などを担当することも必要となります。
しかし、こうした業務を適切に実行して成果を残せるだけの知識やノウハウを保有した経営陣を必要な数だけ揃えるのは容易ではありません。そのため、各分野の業務を適切に遂行してくれる従業員が必要となりますが、会社設立して日の浅い小規模な企業が確保するのは困難です。
また、こうした状況の中、自社の業務を遂行できるだけの役員や従業員を確保できたとしても、目標達成に向けて互いに協力できるチームとしての活動が持続できなければ、成長は難しくなります。
小規模な組織の中で不和が生じ、協力・協調できない事態に陥れば業務は適切に機能することができません。そのため経営トップは他の役員や従業員とのコミュニケーションを良好に保ち、不満・不安の解消に努めモチベーションが高まるマネジメントに取り組む必要があるのです。
5)支援者の確保や支援の活用
スタートアップは高度な課題に挑戦して解決することに迫られることも多いため、第三者の支援を得て、それを活用することも重要になります。
ここでの支援とは、資金提供、技術開発、販路開拓、製品開発、製作支援(材料・部品等の供給や製作外注など)、販売代行、各種業務支援(会計業務等)などです。
大企業でも事業にかかわるすべての業務を自社のみで処理するのは容易でないですが、スタートアップの場合は一層困難になります。そのため他社の力を上手く活用することは、スタートアップが成功へと進むために重要です。
自社のチームの形成と運用に注力することは当然ですが、こうした他者からの支援を得るための体制整備とその運用もスタートアップには求められます。
また、その支援者や協力者を増やしていくための活動が欠かせません。知己のある金融機関や取引先から紹介してもらう、ビジネスコンテストなどに参加して出会いの機会を増やす、公的機関の施策を利用して支援を得たり協力者を紹介してもらったりする、などの活動が必要です。
4 スタートアップで会社設立からイグジットへ進むための重要ポイント
スタートアップが起業・会社設立して短期間のイグジットを目指していく場合の重要な手順やとポイントについて説明しましょう。
4-1 スタートアップについての理解と方針の決定>
創業する際、どのようなタイプの企業を目指すのか、について決定することが重要です。事業を開始する場合、「スモールビジネス」「ベンチャー」「スタートアップ」など、どのタイプで進めるかでその経営の取り方が大きく変わるため、自社が目指すタイプを適切に決めなくてはなりません。
スタートアップの場合、革新性の高い技術や製品・サービスを開発して急成長を遂げていく経営を目指すため、他のタイプと大きく異なる経営も必要です。そのためスタートアップを志向する経営者はその特徴を理解し、それに対応できる資源を獲得・運用・管理して事業を展開するという経営が求められます。
また、スタートアップはイグジットを目標とすることから、他のタイプ以上に必要資金や必要人材を適切な時期に確保する必要に迫られ、それらを踏まえたイグジットまでの適正なスケジュールも立てなければなりません。
例えば、研究開発型のスタートアップのIPOまでの期間を見ると、5年未満が13%、5~9年が26%、10~14年が45%、15年以上が16%といったデータがあります。
*研究開発型スタートアップ:大学で達成された研究成果に基づく特許や新たな技術・ビジネス手法を事業化する目的で新規に設立されたスタートアップ
研究開発型スタートアップは技術や製品等の開発とそのビジネス化に長時間を要するケースが多く、IPOに10年以上かかるケースは半数を超える状況です。従って、民間のVCよりも大学系のVCなどから資金調達するケースが多く見られます。
研究開発型のいかんにかかわらず、イグジットまでの目標期間が10年を超えるようなスタートアップの場合資金調達の難易度が高くなりやすいため、ビジネスモデルの内容だけでなく事業化やイグジットまでの期間について、投資家にとって魅力的な計画するという必要性にも留意しなければなりません。
また、スタートアップエコシステムを理解し、そのシステムを上手く活用していくことも重要になります。スタートアップエコシステムとは、イノベーションを追求し革新性の高い事業を生み出すスタートアップを継続的に排出させる支援システムです。
スタートアップがイグジットを実現するためには様々な困難を乗り越えていかねばならならず、人材、資金、サポート・インフラ(メンター、アクセラレレータ、インキュベータ)、コミュニティなどの面からの支援が必要なります。
これらの支援をシステムとして提供できる体系がスタートアップエコシステムであり、スタートアップはこの仕組を理解し利用可能な支援を最大限活用することが早期の目標達成に繋がるのです。
エコシステム概念図
*ジェトロWEBサイトより
現在、国はスタートアップの育成に注力しており、このエコシステムの整備にも取り組んでいるため、スタートアップは利用できる機会を絶えず探し活用することが重要です。
4-2 スタートアップに適したビジネスモデルの実現
スタートアップは他のタイプ以上に、ビジネスモデルの内容がその目的達成に直結するため、スタートアップとして相応しいモデルにしなければなりません。
画期的な技術や製品・サービスの開発、その円滑なビジネスシステムの構築と事業展開を可能とするビジネスの仕組を作ることがスタートアップには求められます。
当然、そのモデルの実現のためには資金・人材・パートナー等の必要資源の確保が必要となりますが、その確保のためにも支援者を納得させるためのモデルであることが要求されるのです。
そのためスモールビジネスのように、成功できるモデルを構想して、それを具体的に進める事業計画などを単に作成するだけでは不十分です。スタートアップが必要な支援を得て成長していくには、イグジットが可能と判断できるモデルの内容と魅力的なスケジュールであることが必要となります。
また、スタートアップは、自社のビジネスモデルに対する投資と回収を明確に示すことが重要です。技術や製品の開発の期間と投資額、ビジネスシステムの構築・展開の期間と投資額、事業展開による収益化とその達成期間、イグジットに至るまでの新たな開発と投資額、などを示さなければなりません。
スタートアップは様々な支援が必要となり得ることから、支援者にそれを納得させるだけのビジネスモデルの内容と計画性が求められるのです。
そして、それらを実現していくには、スタートアップとして成長していくための経営に関する各種の知識が創業者や経営者には要求されます。そのため独学で学習するほか、公的機関やVC等のサポートを受けながら習得することも必要です。
具体的には、ビジネスモデルの構想に関して、ターゲットの設定、需要量・市場規模、課題解決の価値、将来性、模倣困難性・競争優位性、急成長のポイント、などに関する調査・分析・評価での助言や協力を得て策定し実施できるようにしましょう。
4-3 的確な資金調達
スタートアップがイグジットを成功させるには、それに至るまでの必要資金を適宜調達しなければならず、できるだけ計画的な調達活動が必要です。
スタートアップの資金調達の行い方や必要資金は各々のビジネスモデルとその目標によって異なってきますが、下表のような資金需要に迫られるケースも多いため、事業計画に合わせて確実に資金調達を行わねばなりません。
アイデアフェーズ | 事業のアウトラインが決定するフェーズ | 事業開始のフェーズ | 事業が軌道に乗り始めるフェーズ | 事業の安定化・黒字化するフェーズ | |
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必要資金額 | 数百万円から数千万円程度 | 数千万円から数億円程度 | 数億円~十数億円程度 | 十数億円~数十億円程度 | 数十億程度 |
事業の安定化・黒字化の後、次の成長を取り込むための開発を順次継続していく場合、その各々のタイミングで資金が必要となります。スタートアップの場合、資金調達にこうした特徴があるため、VC等の資金提供者の獲得が欠かせません。
そのために起業前の人脈を広げる活動(異業者交流会等への参加)のほか、公的支援機関や金融機関等からの紹介、ビジネスコンテスト等への参加、などに取り組み、資金提供者との出会いを増やす活動は必須です。知名度をアップさせ自社のビジネスの魅力を積極的に発信するようにしましょう。
4-4 組織の設計と組織力の強化
スタートアップとして成功するためには、会社の形態を含めどのような組織で事業を展開していくかを設計し、企業の成長段階に合わせて変更し組織力をアップしていかねばなりません。
創業当初は共同創業者だけで事業を回すという形態も多いですが、この段階ではその中のリーダーを中心とした創業チームでの運営です。人数が少なく共通の目的・目標も明確で意思疎通も図りやすいため生産的な活動が期待できます。
しかし、James N. BaronとMichael T. Hannanの調査によると、スタートアップには以下のようなタイプの組織が存在するのです。
- ・ スター型:トップ人材のみを雇用し、トップクラスの報酬を提供する。彼らが仕事を遂行するのに必要なリソースと自由裁量権を付与する、というような組織
- ・ コミットメント型:引退するまでずっと働いていたい、と思えるような組織(従業員個人と組織との心理的な距離感が近い組織)
- ・ 官僚型:文書化を重視し、ジョブ・ディスクリプションやプロジェクト文書を有し、厳格なプロジェクト・マネジメント技術を採用する組織
- ・ エンジニア型:独立型研究開発チームのようなメンタリティーと非常に高い結合エネルギーを有する献身的な組織
- ・ 独裁型:給料をだすから、働けというような組織
こうしたタイプによって、早期に失敗する確率や逆にイグジットの成功確率が異なることもあります。例えば、先の調査では独裁型が失敗する確率が最大で、コミットメント型は失敗の確率が半分程度です。
また、IPOに関しては、コミットメント型が他のタイプより最も早いという結果になっています。組織設計に関して何も類型を選ばなかった企業は、コミットメント型に比べてIPOを実現する確率が16%に過ぎない、という結果になっているのです。
こうした組織のタイプについては、事業やイグジットの成否に大きく影響するため、事業内容や進んだステップの状況などにより適切な組織の選定と運営が求められます。公的機関や支援者などに相談して組織マネジメント等の指導・支援を受けることも必要です。
4-5 イグジットの進め方
イグジットは、スタートアップが大きな資金を調達して次の段階へと進むことも可能とするため、重要な課題の1つです。しかし、イグジットの実現は単に業績が良好であるという状態だけでは達成できないため、それを可能とするための適切な準備が求められます。
1)イグジットの主なタイプ
イグジットのタイプを簡単に説明しましょう。
(1)IPO
IPOは、「Initial Public Offering」の略称で、未上場企業が新規に株式を証券取引所に上場することです。簡単に表現すると、自社の株式を証券取引所に上場して、どの投資家でも購入できるようにすることとも言えます。
このIPOで売り出す株式は「IPO株」と呼ばれることがあり、公募で売り出したり、上場前に保有していた株式を売り出したりする方法が取られます。
スタートアップは、新たに発行するIPO株で多額の資金を調達することが可能となり、創業者等の株主は大きな利益を得たり、今後の事業の拡大に向けた資金を確保したりすることが可能です。事前に自社株を入手していた従業員やVC等の投資家もIPOで値上がりしたその株式を売却して大きなリターンを得ることができます。
以上のようにIPOはスタートアップの企業自体、経営者、従業員に加え出資していたVC等にとって金銭的なメリットが大きいため、イグジットの主要な目的となっています。
(2)M&A
M&Aは、「Mergers & Acquisitions」の略称で、企業の合併・買収のことです。具体的には、2つ以上の会社が1つとなったり、ある会社が別の会社や事業を買取ったりすることで、新設合併、吸収合併、業務提携、資本提携、株式譲渡、事業譲渡、などの方法があります。
スタートアップが事業を一定程度成長させた後に、会社そのものや事業の一部を他の会社に売却するという方法が取られることは多いです。売却するスタートアップの経営者にとっては、売却によりそれまでの投資を回収することができ、買手の企業等ではその事業を今後の成長のドライバーとして利用できます。
経営環境の変化が激しい現代において、M&Aはスタートアップにとっても有効な経営手段の1つとなっており、実際に活用されるケースも多いです。
2)イグジットに向けた準備
イグジットは以下のような内容で進められます。
(1)イグジットに関する方針の決定
いつまでにどのようなイグジットを実現するのか、の方針を決定することが重要です。
漠然と遠い将来のIPOを考えた経営と具体的なIPOの時期を想定した経営とでは、その実現可能性に差が生じる可能性が高く、後者のほうが実現しやすくなります。
経営の要は、やるべきこと、やりたいことを計画してそれに必要な資源を整え効率的・効果的に運用し、実績に対する改善を適切に実施することにあります。そうすることで目標をできるだけ期限内に達成する可能性を高め、実際に事業を成功させやすくなるのです。
イグジットも同様で、漠然とした目標とするのでは、目指すなら具体的な時期を決めてそれに向けた計画を策定して進める必要があります。
特にスタートアップとして、投資家等から資金などの支援を得て事業の急成長と短期間でのイグジットを目指すなら、具体的なスケジュールを含む方針を内外に示すことが重要です。
(2)イグジットのタイプと企業形態
IPOやM&Aのイグジットのタイプと、株式会社や合同会社などの企業形態を創業するにあたり決めなければなりません。
IPOとM&Aの選択については、両者の特徴を踏まえ創業者が成長後のゴールとしてどのような状態を望むかに基づき決定することになります。創業後の事業を一層拡大・発展させたい場合は、IPOで多額の資金を調達することが有効です。
逆に新たな事業に挑戦したい場合などは、M&Aによる事業売却で資金を調達するというケースも多く見られます。
こうしたIPOとM&Aを行う場合、企業形態との相性が影響することもあり注意が必要です。例えば、IPOは株式公開することであるため、株式会社の形態が求められます。つまり、株式を発行しない合同会社などの場合IPOは不可能です。
従って、将来、IPOを目指す場合、会社設立においては株式会社を選択することとなります。合同会社などは株式会社よりも会社設立の手間・コストが少なく済み、運営も比較的容易であることから合同会社を選択するケースが増加していますが、将来のIPOのことを踏まえて検討しましょう(合同会社から株式会社への変更は可能)。
(3)イグジットの準備
イグジットを実現するためには、それを可能とする企業状況や経営状況であるほか、様々な評価や審査などをパスできる体制(手続面を含む)も整備しないといけません。
つまり、自社を審査等に合格できる状態にさせるための準備が必要です。例えば、IPOの場合、上場申請には3年程度の準備が必要で、M&Aの場合は数カ月以上の準備が必要と言われています。
また、IPOについては、どの証券取引所のどの市場に上場するかで審査内容が変わり、その結果、準備する内容や期間も変わってくるため、それらに適した準備が欠かせません。
こうした準備を円滑かつ的確に進めるにはIPOやM&Aを支援する専門家・専門事業者などの力を借りることも重要です。その場合、専門家等のサポートを受けるにあたり、一定のコスト負担が生じるため、その点を考慮した活用のあり方を検討しなければなりません。
また、他者のサポートを受ける場合でもイグジットに向けた準備には経営者や従業員の関与は必須であり、少なからぬ労力と時間が割かれることになるため、その影響を考慮した体制づくりも必要となります。
いつからどのような準備を進め、どのような事業者等を活用すればよいかについては、公的支援機関などにも相談して効率的な準備が進められるように取組みましょう。
5 まとめ
会社設立時等でどのような企業を目指すかを考える場合、スタートアップが参考になります。スタートアップは革新性の高い事業を展開し急成長して短期間でイグジットを目指す企業です。
スタートアップとしての成功は簡単ではないですが、その成功ポイントを把握して自社に取り組んでいくことができれば、自社事業の成長に役立ち、漠然としがちなイグジットも具体化しやすくなります。
自社がスタートアップであるかどうかに関係なく、その手法や成功要因を上手く活用して自社の成長に役立ててみてください。