人材確保や賃金アップが可能な会社づくりと会社設立の手順

新型コロナ感染や物価高騰などがビジネスに影響を及ぼす環境の中で会社設立して成功するには、ビジネスチャンスを逃さずスムーズに会社を立ち上げ、付加価値を増大させていくことが重要になります。

企業の付加価値の増大には、必要とする社員の確保と彼らの労働意欲の向上などが不可欠ですが、それらの実現に結び付くのが人事制度上の配慮であり、特に現状では賃金アップが有効です。

今回の記事では、人材確保とモチベーションアップに繋がる「賃金アップ」に着目して、それが可能となる会社づくりと、円滑に会社を設立するための手順を説明します。厳しい経営環境の中で生産性を高めて付加価値の増大が実現できる会社を設立したい起業家の方などは参考にしてみてください。

1 現在の新設会社等を取り巻く環境

現在の新設会社等を取り巻く環境

2023年になった現在の中小企業や新設会社を取り巻くビジネス環境の状況を確認しましょう。

1-1 現在のビジネス環境

(株)日本総合研究所の日本経済展望 2023年1月」の内容を中心にして、ビジネス環境を簡単に説明します。

1)景気

「景気動向指数は、一致指数、先行指数ともに低下」と分析されています。なお、内閣府の「景気動向指数速報からの改訂状況(令和4(2022)年11月分)」から、以下の点が確認できました。

・2015年を100とした指数の割合

  • 先行指数(数カ月先の景気の動きを示す指標):97.4
  • 一致指数(景気の現状を示す指標):99.3

・景気動向指数の推移

  • 先行指数:2022年の前半は多少の上昇下降が見られるものの、8月頃より概ね下降傾向です。
  • 一致指数:2022年に入ってからやや上昇傾向にありましたが、8月頃より下降に転じそれが緩やかに続いています。

以上の内容から、現在の国内景気はやや下降傾向にあると考えられます。

2)企業活動

経済産業省の資料を基にして作成された日本総合研究所の資料によると、鉱工業生産指数と第3次産業活動指数は2020年前半に大きく落ち込み、その後2021年にかけて急回復しています。

その後、鉱工業生産指数は21年、22年では乱高下が激しく、現状では下降途上にあると見えます。一方、第3次産業活動指数も21年、22年では多少の乱高下があるものの鉱工業生産指数よりもその変動幅は小さく、現状は横ばいでの推移です。

2022年5月以降、新型コロナに関する大きな行動制限が実施されなかったことと、旅行支援等が飲食・宿伯・サービス業の業況回復に繋がっています。さらに2023年には外国人等の入国制限の緩和が始まったことからインバウンド需要の回復が期待できそうです。

3)外需

実質輸出および実質輸入も2022年は上昇傾向です。日本の2021年の輸出は83.1兆円(前年比21.5%増)と3年ぶりの増加で、円安が輸出を後押しし商品別では鉄鋼、自動車、半導体等製造装置などが増加しました。

輸入は84.8兆円(前年比24.6%増)で、こちらも3年ぶりの増加です。商品別では、原油等、非鉄金属、LNG(液化天然ガス)などの増加が目立っています。なお、輸入額の増大では円安やモノ自体の価格の高騰による影響も大きいと言えるでしょう。

4)物価

国内企業物価指数は、2021年の前半からマイナスからプラスへ転じその後一気に10%近くへ高騰して、22年には10%を超えました。その後は10%前後で推移し、高止まりしています。

一方、消費者物価指数は総務省の「2020年基準 消費者物価指数」を見ると、2022年の消費者物価指数(平均値)は前年比2.5%の上昇ですが、同年3月に1.2%、4月に2.5%、8月に3%、12月に4%に達するという急激な上昇が見られました。

企業物価指数の高止まりが続けば、消費者物価指数もさらに上昇が続くと予想されます。

5)雇用所得

完全失業率は2020年半ばに一旦、3%超になったものの、21年には下落に転じて2%台に突入し、現在は2%台半ばで推移している状況です。なお、厚生労働省が発表している有効求人倍率(仕事を探す人1人あたり何件の求人があるかを示す指標)を見ると、2022年の平均値は1.28倍で、同年12月は1.35倍でした。つまり、企業から見れば人手不足となっている可能性の高い状況です。

一方、現金給与総額の値(前年比)を見ると、21年、22年は概ね2%を割るような状況が続いています。2022年の消費者物価指数(平均値)は前年比2.5%の上昇であるため、実質賃金の上昇率は消費者物価指数を下回っており、賃金が物価に追いついていない状況です。

6)家計

国内世帯全体の消費支出総額(GDP統計の家計最終消費支出に相当)の推移を推測する指数である「総消費動向指数(CTIマクロ)」を見ると、2020年を100として、名目で102.0、実質で97.5となっており、前年同月比では名目で1.4%の増加、実質で2.9%の減少です。2022年に入ってからは下降から上昇傾向に転じ、半ばには103となり8月以降は104前後で推移しており、穏やかな増加が確認されました。つまり、消費は回復しつつあるわけです。

国土交通省の発表による新設住宅着工戸数は2020年が81.5万戸、21年が85.6万戸、22年は85.9万戸です。20年は新型コロナの影響により大きく落ち込みましたが、その後は持ち直しの動きが見られるようになっています。

コロナ禍にあって、人々の消費に抑制がかかり、消費意欲が落ちていましたが、行動制限の解除や緩和などからリベンジ消費の動きも見られるようになり更なる拡大が期待されるところです。

しかし、新型コロナの感染拡大が続く中、インフレ圧力に晒されている現状では景気後退が危惧されるようになり、今後の状況次第では消費意欲の減退も懸念されます。

1-2 2023年の中小企業の景況感

ここでは中小企業などが認識している経営環境について、日本政策金融公庫の「2023年の中小企業の景況見通し」から説明しましょう。

*本調査結果は、三大都市圏における同公庫の取引先900社のうち578社からの回答によるものです。

1)業況判断(前年比)

中小企業等が認識している「業況判断の見通し」として、以下の点が報告されています。

*業況判断DIは、前年比で「改善」-「悪化」企業割合

●2022年の業況判断DI(実績)は、6.3と、2021年(15.3)から9.0ポイント低下

⇒22年は21年から大幅に業況が悪化したことが確認できます。なお、22年当初の見通しでは「21.9」でしたが、大きく外れる結果となりました。

●2023年の業況判断DI(見通し)は、5.3と、2022年から1.0ポイント低下する見通し

⇒23年は22年よりも少し悪化すると、対象の企業は考えています。

●2023年の業況判断DIを需要分野別にみると、2022年に比べて、乗用車関連、食生活関連で上昇する見通し。建設関連、設備投資関連、電機・電子関連、衣生活関連は低下する見通し

⇒抑制されていた消費の回復が期待されている反面、建設や設備関連の需要に不安を感じる企業は少なくないようです。

なお、業況判断に影響を与えた要因として、以下の点が挙げられています。

  • ●2022年の業況が「改善」と判断した要因をみると、「国内需要の動向」の割合が80.5%で最も高く、次いで「製・商品の販売価格の動向」(33.7%)、「海外経済の動向」(21.9%)の順となっている
  • ●「悪化」と判断した要因をみると、「主要原材料等の仕入価格の動向」の割合が73.7%で最も高く、次いで「国内需要の動向」(59.9%)、「原油・エネルギー価格の動向」(50.4%)の順となっている

⇒原材料やエネルギーの高騰に苦しむ企業が多いものの、国内需要の回復の恩恵を受ける企業も多いようです。

2)売上高・経常利益額の見通し

以下の内容が指摘されました。

*売上高DIは、前年比で「増加」-「減少」企業割合

  • ●2023年の売上高DIは、15.8と、2022年(25.1)から9.3ポイント低下する見通し
  • ●2023年の経常利益額DIは、1.1と、2022年(▲2.8)から3.9ポイント上昇する見通し

⇒2023年は22年ほど需要の回復による販売増が期待しにくいようです。また、23年も仕入価格の上昇や高止まりが続けば利益の減少が余儀なくされかねません。

なお、需要分野別の売上高DIを見ると、2023年の見通しでは、食生活関連28.2がトップで、乗用車関連が23.8、衣生活関連が23.5、設備投資関連13.9、建設関連7.8、電気・電子関連6.5となっています。コロナ禍からの消費回復への期待の表れと見れるでしょう。

3)価格の見通し

価格の見通しについては、以下の2点が挙げられました。

*販売価格DI(および仕入価格DI)は、前年比で「上昇」-「低下」企業割合

  • ●2023年の販売価格DIは、42.7と、2022年(57.2)から14.5ポイント低下する見通し
  • ●2023年の仕入価格DIは、55.6と、2022年(73.6)から18.0ポイント低下する見通し

⇒販売価格も仕入価格も低下の見通しです。

需要分野別の販売価格DIと仕入価格DIを各々2023年で見た場合、どちらも衣食生活関連がトップで、次いで食生活関連、電気・電子関連と続きます。

企業としては仕入価格を販売価格に転嫁せざるを得ない状況となって、その動きが顕著になってきました。消費者としては、食生活関連の商品等の購入を大きく削減することは困難で、ある程度の値上げは容認せざるを得ません。

なお、衣食生活関連ではコロナ禍での消費抑制の反動もあり、また、気に入ったモノ、こだわりのあるモノなどへの支出には値上がりは比較的に影響しにくい傾向がみられます。

4)設備投資額・従業員数の見通し

設備投資額と従業員数の見通しは以下の通りです。

*設備投資額DIは、前年比で「増加」-「減少」企業割合

●2023年の設備投資額DIは、▲0.6と、2022年(1.6)から2.2ポイント低下する見通し

⇒現在は日銀のゼロ金利政策の見直しや米国の利上げペースの緩和などもあり、急激な円安が後退した半面、為替レートはやや不安定となっています。また、景気後退の可能性が危惧される状況でもあるため、企業の設備投資への姿勢は慎重にならざるを得ないでしょう。

●2023年の従業員数DIは、12.7と、2022年(4.3)から8.4ポイント上昇する見通し

*従業員数DIは、前年比で「増加」-「減少」企業割合

⇒コロナ禍からの景気回復を見据えた人員確保の動きが見られるようになりました。2023年の業況判断が悪い建設関連、設備投資関連、電気・電子関連などでも、従業員数DIが14.2、17.1、28.3となっており、人手不足の深刻化が懸念されます。

5)経営上の不安要素

今後の不安要素は以下のような結果です。

●2023年に向けての不安要素は、「原材料価格、燃料コストの高騰」が80.0%と、前年同様最も高い割合を占めている

⇒「原材料価格、燃料コストの高騰」については、2022年の見通しで67.4%と大幅に上昇し、23年の見通しではそれを上回る80.0%の大きな割合となりました。米国のインフレやウクライナ問題の解決の兆しが見えない中、この問題は依然として企業の大きな悩みの種になっています。

●「人材の不足、育成難」や「為替相場の変動」などの割合は、前年調査に比べて上昇している

⇒経済回復が期待される中、コロナ禍で縮小した人員を拡充する動きが大企業を中心に見られるようなっており、中小企業等での人材確保がより困難になる可能性が高まってきました。

6)経営基盤の強化に向けて注力する分野

●2023年に注力する分野は、「営業・販売力の強化」が60.8%と、これまで同様最も高い割合を占めている

⇒コロナ禍で収縮した消費を回復させるため、またその回復を阻害する物価高騰の状況の中で売上を拡大させるためには「営業・販売力の強化」が重要です。特にコロナ禍で変容した生活や消費のスタイルに対応する、すなわち「ニューノーマル」の時代に合わせた営業力の強化が求められます。

●「人材の確保、育成」や「販売価格の引き上げ、コストダウン」などの割合は、前年調査に比べて上昇している

⇒今後のアフタコロナ等での需要回復に対応するため、減少させた人員等は確保する必要があります。また、物価高騰の厳しい状況を乗り越えるためには販売価格への転嫁や自社事業での生産性向上への取組は不可欠になるでしょう。

7)業況改善に向けて来年に期待する要素

●2023年に期待する要素は、「原油価格の下落によるコスト低下」の回答割合が21.8%と最も高く、次いで「新型コロナウイルス感染症の影響の収束」(19.6%)、「円安に伴う取引先の生産・調達の国内回帰」(14.2%)の順となっている

⇒ウクライナ問題の解決が見えないものの、過度の円安進行がストップし幾分円高へとシフトしたことで、「原油価格の下落によるコスト低下」の可能性が期待できるようになってきました。

新型コロナについては、現在第8波に襲われており収束が見えないものの、重症化リスクが低くなっているため、コロナの経済への影響は小さくなる可能性があります。

円安に伴う国内回帰は一定程度期待できるものの、グローバルなビジネスにおけるマーケットインの考えから全面的な国内回帰を望むのは難しいでしょう。為替、カントリーリスク(戦争・紛争、政変 等)、海外需要の増大やサプライチェーンの最適化などの点で最も有利な地域での生産・販売活動が戦略的に選択されるため、大規模な国内回帰は望みにくいです。

なお、中国から他のアジア地域等へのシフトが強まっているため、取引先のシフトに対応したり、そうした地域に自ら進出したりする、といった海外進出が中小企業等にも求められます。

2 新設会社等でも賃金アップが必要な理由

新設会社等でも賃金アップが必要な理由

会社設立して間もない企業などでも賃金アップや一定水準以上の賃金支給が必要な理由を説明しましょう。

2-1 最低賃金法に見られる賃金アップの効果

最低賃金法は、賃金の低い労働者について、事業・職業の種類や地域に応じ、賃金の最低額を保障して、労働条件の改善を図り、労働者の生活を安定させることを主な目的とする法律です。

労働条件が改善され賃金が上昇すれば、労働者の生活は自ずと安定しやすくなります。生活の安定に伴う彼らの消費は経済全般に良い影響を与え、企業はその恩恵を受けられるようになるのです。

また、最低賃金が適正な水準にあれば、労働力の質的向上が期待できるようになります。たとえば、以下の3つの効果です。

  1. 賃金の上昇によって、優秀な労働者を雇い入れることが容易になること
  2. 労働者の生活が安定することによって、労働能率の増進がもたらされること
  3. 労働者の収入の増加によって、労働人口中家計補充的な不完全就業者が減少すること

さらに最低賃金制の実施は、「事業の公正な競争の確保」にも有効で、「賃金の不当な切下げまたは製品の買叩き等の防止」に繋がり、事業間の過当競争の抑制に寄与します。そして、結果的に事業間の公正な競争の促進が期待できるようになるのです。

以上の理由から最低賃金の適正な設定は必要であり、賃金水準を同様に適正に維持向上させることで同様の効果を望むことができます。

なお、毎年見直される最低賃金ですが、2022年は10月から30円~33円の引き上げが、中央最低賃金審議会で決定されました。その引き上げによる最低賃金の全国平均は961円です(改定前930円)

2-2 経済学の「効率賃金仮説」

「効率賃金仮説」とは、賃金を市場水準より高くすれば、労働者のモチベーションがアップし、定着率が改善される、という効果を唱える考えです。実際、コロナ禍で厳しい状況にある企業の中には、この考えに基づき最低時給などをアップする企業が見られました。

賃金アップを実施することで、コロナ禍や物価高騰などで苦しい生活を強いられている従業員を助け、そのことで自社への忠誠心と労働意欲を高めて生産性向上に繋げようとする企業がいるのです。

効率賃金仮説の例は、古くはヘンリー・フォード氏の賃上げ例(周辺工場の賃金の2倍以上の賃金設定)が有名であり、近年においても実証研究で効果を確認する事例が見られます。その効果では、従業員の仕事への積極性や作業への集中度が向上し、離職率が改善した、などが確認されているのです。

離職率が低下することは、新たに従業員を雇う、そして教育する、などのためのコストが削減でき、生産性の改善の手間も減少することから、企業にとっては賃上げ以上に元が取れる可能性があります。

賃金アップのメリットをまとめると以下の通りです。

  • ●従業員の生活が安定し、企業への忠誠心や労働意欲が高まる
  • ●その結果、業務改善、作業の工夫、新た業務プロセスの導入や事業の創出が誘発される
  • ●上記の活動が業績向上や事業の発展に結び付く

また、賃上げ促進税制(所得拡大促進税制)が利用できれば、法人税の控除(大企業で支給額の最大20%、中小企業で最大25%など)が受けられるというメリットもあります。

さらに最低賃金のように賃金アップが多くの企業で実施されれば、地域や国レベルでの経済活動の活発化にも繋がるでしょう。

もちろん賃金アップすれば、全て上記のような効果が得られるわけではないですが、その可能性が生じることになるため、企業としては上手く利用・実施していくことが求められます。

2-3 人材確保と賃金の関係

(株)ディスコの「調査データ」の「学生調査」から、就職で選ばれる企業と賃金との関係について説明しましょう。

1)「就職先企業を選ぶ際に重視する点」

同社の「1月1日(2022年)時点の就職意識調査」によると、学生が就職先企業を選ぶ際に重視する内容の上位は以下の通りです。

  • 将来性がある:48.6
  • 給与・待遇が良い:43.3
  • 福利厚生が充実している:28.8
  • 社会貢献度が高い:28.1
  • 休日・休暇が多い:27.8
  • 職場の雰囲気が良い:26.9
  • 業績・財務状況が良い:24.5

就職先となる企業を選ぶ理由は様々ですが、「給与・待遇が良い」が2番目に多くなっています。やはり賃金に対する考えが、勤務先を決める上での大きな要素になっていることが分かるはずです。

2)「中小企業を受けていない理由」

また、「10月1日(2022年)時点の就職活動調査」では、「中小企業を受けていない理由」が示されています。その主な理由は以下の通りです。

  • 給与・待遇がよくない:44.3
  • 安定性に欠ける:36.9
  • 知名度が低い:34.7
  • 福利厚生が不十分:29.7
  • 競争力が弱い:23.9
  • 発見しづらい:20.3

上記の通り「給与・待遇」への不安により中小企業を避ける傾向が確認できます。従って、新設会社などにおいても、上記のような理由で選定対象から外れる可能性が低くありません。

以上の内容から新設会社等が希望通りに人材を採用し、定着率を上げていくためには賃金を一定水準以上にしていくことが求められます。

2-4 企業にとっての賃金アップのデメリット

賃金アップについてのメリットについては先に触れましたが、ここではデメリットについて簡単に説明しましょう。

1)人件費の増大

従業員の賃金を上げれば企業の人件費は増加し利益を減少させることになります。メリットである労働生産性の向上、業務プロセスの改善や新事業の創出などの効果が得られれば、人件費の増加分のもとは十分にとれますが、思うような効果がでなければ、経営を圧迫させることになりかねません。

特に中小規模の企業にとっては、収益の増大が伴わない人件費増の状態が続けば資金繰りを悪化させ厳しい財政状況に陥ることはよくあります。そのため賃金が上がれば生産性がアップして人件費の増加分は直ぐに回収できる、などと安易に考えず、コスト削減や売上の拡大などに繋がる具体的な取組も検討しましょう。

そうした取組を賃金アップに合わせて計画して進めるといった対応が経営者に求められます。

2)失業者の増加

最低賃金の上昇に伴い賃金アップする、周囲の企業がアップするから自社も上げる、といった考えで非正規雇用者等の賃金を安易に引き上げれば、彼らの雇用を危うさせることになりかねません。

たとえば、彼らの賃金アップ分が経営を圧迫する場合、彼らの雇用時間を調整したり、人数を調整したりせざるを得ないという状況に陥るケースがよく見られます。

非正規雇用者全体の時給を上げたが、そのコスト負担に耐えることができず、人数を5人から4人に削減する、といったケースは珍しくないのです。せっかく賃金がアップして従業員のやる気が高まったところに、雇用調整が入っては逆にモチベーションを下げてしまいます。

その結果、賃金アップしても業績を向上させることができず、さらに経営を厳しくさせることになりかねないため、コスト増を回収するための取組が必要です。

3)賃金アップは更なるアップの期待を生む

最低賃金の改定に伴う賃金アップでも、ベースアップによる上昇でも、その実施に関する根拠を説明することなしに安易にアップすれば、従業員は来年も再来年も同様のアップを期待してしまいます。

そのように賃金アップが実現できれば良いですが、対応できない、不十分である、といった事態になれば、従業員の失望感は大きくなり、労働意欲や離職といった問題が現出することになりかねません。

従業員の生活の向上を図るためには賃金アップが必要ですが、経営状況によってはそれが困難になることも多いです。そのため、今回の賃金アップが可能となった理由や背景などを説明するとともに、次回の賃金アップのために取り組むべき内容や目標を示し協力を求めるといった姿勢が求められます。

賃金アップは何の努力も苦労もなく簡単に実現できるものではなく、全社員の努力の結果として可能になることを従業員に理解してもらい、協力が得られるように説明することが重要です。

3 人材確保や賃金アップ等に成功している事例

人材確保や賃金アップ等に成功している事例

厚生労働省のサイトの「賃金引き上げ特設ページ」から「賃金引き上げに向けた取組事例」を紹介し、その取組内容やポイントを説明しましょう。

3-1 人手不足の時代の人材確保に向けた取組

有限会社ファミー

(引用:有限会社ファミー公式HP)

●企業概要

  • 企業名:有限会社ファミー (ファミーINN錦糸町)
  • 本社所在地:東京都墨田区錦糸町
  • 従業員数:30名(2022年12月現在)
  • 事業内容:旅館業(ビジネスホテル)

●賃金アップ等の取組内容

・現状の課題と打開策

非大手チェーン・ホテルである同社の場合、従業員の時給に関して同じ営業エリア内の同業者の相場よりも良い時給額でないと、応募が期待できない状況でした。そのため、対応策として、賃金の引上げが必要だったのです。

コロナ渦で稼働状況が悪化したため人員削減に迫られることも幾度かあったそうですが、他の仕事と掛け持ちしながらも勤務を継続してくれる従業員を繋ぎとめる必要もあり、パート従業員等を対象に100円の時給アップが実施されました。

・時給アップの効果

上記の結果、他の仕事(パート)と掛け持ちをしていた従業員が、その掛け持ちをやめ同社の仕事だけに専念することとなり、同社は雇用の維持に成功したのです。また、従業員の紹介によりその友人等を新たに採用することにも成功しています。

・不公平感を生じさせない賃上げ

賃上げに関して、従業員によって偏った対応をとると、従業員の間で不公平感が生じ、労働意欲や忠誠心の低下に繋がるケースは多いです。そのため企業は、在籍年数の長い者と短い者などで納得感が得られるようなバランスの取れた賃金アップが求められます。

同社はそうした点を考慮して、最低賃金額に近いパート従業員の引上げのみならず、長く勤務してくれているパート従業員にも一定の賃上げを実施したのです。

●効果と今後の課題

今回の賃上げにより、人材を確保することに同社は成功しました。また、その賃上げを通じて、従業員が同社のことを働きやすい環境であると認識し、そのことがサービス向上に繋がっていると同社は手ごたえを感じているのです。

しかし、賃上げを実施していくには収益の拡大が不可欠であるため、今後は集客と客単価の向上を重要課題として取り組むと同社は考えています。

3-2 賃金の安定を通じた、企業理念を実現するための人材確保

株式会社バンダイ

(引用:株式会社バンダイ公式HP)

●企業概要

  • 企業名:株式会社バンダイ
  • 本社所在地:東京都台東区駒形
  • 従業員数:833名(2022年4月)
  • 事業内容:玩具、カプセルトイ、カード、菓子・食品・食玩、アパレル、生活用品・化粧品・雑貨などの企画・開発・販売

●賃金アップ等の取組内容

・人材ポリシー

同社の経営理念は「同魂異才」(社員同士が志をひとつにし、個々の才能を発揮する)です。それを実現のするための人材ポリシーは、企業文化となっているチャレンジ精神を継続させ、社員の生活の安定とモチベーションアップを図り、多様な人材を確保することにありました。

・報酬体系の問題

同社の報酬体系は賞与が業績連動ですが、報酬全体に占める固定給と賞与のバランスがほぼ半々の状態という状況だったのです。この状況では、業績に左右される賞与の比率が高すぎるため、報酬額が不安定になる可能性が高くなります。

そこで、同社は従業員が安心して働け、モチベーションが低下しないように、業績に影響されない固定給分をアップさせるという報酬体系に変更しました。具体的には、令和4年4月から、業績連動型の賞与の一部を基本給に変更し、固定給である基本給の比率を全社員平均で27%程度引き上げたのです。

・報酬体系の変更の狙い

業績に影響を受けない基本給の引き上げは、社員が短期的な成果・業績に過度に集中する姿勢を抑制するほか、同社の「同魂異才」としてチャレンジできる人材を育成することに役立ちます。

つまり、過度な業績連動型報酬の弊害を同社は是正し、短期の成果に執着した近視眼的な取組姿勢を緩和し、挑戦的な課題に従事する姿勢を促したのです。

・他の人事制度との調和

同社の人事制度の特徴の1つが「適時ジョブローテーション」で、社内での移動が多くなっています。この形態は、業績給のウエイトが大きな報酬形態においては、移動による業績低下に伴う報酬の低下を招くという問題を生じさせかねません。

しかし、賃金の大半が役職等とリンクした固定給で占められている場合は、上記の問題を緩和させることができます。従って、今回の業績連動の賞与の一部を固定給に組入れた変更は、同社の適時ジョブローテーション制にマッチしたものと言えるでしょう。

・報酬体系の変更にあたっての丁寧な説明

同社は、今回の報酬改定により不都合の生じる社員もいると考え、社員への丁寧な説明を徹底しました。改定により基本給はアップするが賞与は減少することになるため、社員によっては大きな影響を受けかねません。そのことで彼らのモチベーションや忠誠心の低下に繋がらないように丁寧な説明が必要だったのです。

報酬等の人事制度を変更する場合、事前に社員の考えを確認してそれを制度に反映する、制度内容を丁寧に説明する、といった対応が求められます。

●効果と今後の課題

今回の報酬体系の変更により、同社は採用競争力が向上したと評価されています。特にキャリア採用においては募集条件の中で固定給が重視される傾向があり、今回の変更後で応募者数がほぼ倍増したのです。

採用市場を含め世の中の動きの変化が早く、今後も現行の賃金制度に課題が生じる可能性もあるため、状況に応じた柔軟な対応が必要であり、適時取り組んでいくと同社は考えています。

3-3 従業員のモチベーション維持、人材確保のための賃上げ

岡谷熱処理工業株式会社

(引用:岡谷熱処理工業株式会社公式HP)

●企業概要

  • 企業名:岡谷熱処理工業株式会社
  • 本社所在地:長野県岡谷市
  • 従業員数:34名(2022年12月現在)
  • 事業内容:金属熱処理(真空熱処理)、真空浸炭、歪み極小熱処理技術、PVDコーティング、アトム窒化

●賃金アップ等の取組内容

・課題

同社はリーマンショックの影響による売上の減少から人件費を圧縮する状態が続いていました。そのことで従業員のモチベーションが低下し、ミスを誘発する恐れがあると危惧し、同社は賃金の改善が必要との認識に至ったのです。

・対策と効果

上記の課題解決として、同社は工場のIoT化とともに従業員の作業負担の軽減を図り生産性向上に取り組むほか、内部留保の一部を従業員の賃金等に還元することにしました(賃金アップは人事評価に応じて決定、令和4年4月に3.5%程度の引き上げ)。

賃金アップの取組により、会社が求めていた年代の正社員を2名採用することができたほか、賃金の不満による離職者が出なくなっています。

同社は、「正当に評価されれば働く意欲も湧き従業員も成長し、結果、会社の利益にもつながる」という好循環を賃上げがもたらす可能性がある、と考え今後もできる限り継続する意向です。

・技術開発と生産性向上への取組

製造業が市場で勝ち残りさらに成長するためには、技術開発と生産性向上への取組が不可欠ですが、賃金アップを継続させるためにはなおさら必要になります。同社は経済産業省の補助金を活用し、産学官連携による技術開発を進め成功しました。

また、IoT化で炉の遠隔監視や受注関連業務のOA化等を進め、生産性向上を実現していったのです。

・従業員とのコミュニケーション

同社には労働組合がないため、社長(現在は会長)自らが年2回全従業員との個別面談を行い、従業員の考えを確認しています。人的資源管理の基盤は、会社側と従業員側との良好なコミュニケーションです。どちらか一方の通合だけを優先した状態は事業運営に問題が生じやすくなります。

企業は共通の目的のもとに集う人の集団であり、目的達成はその構成員の人数・能力・意欲に影響を受けることから、経営者はそれらが適切に維持できるように従業員との良好なコミュニケーションを直接・間接にかかわらず取らねばなりません。

●効果と今後の課題

従業員は、物価高騰の中での賃上げを評価しており、モチベーションが上がって仕事が捗るとの声を発しています。

4 人材確保や賃金アップも可能な会社づくりのポイント

人材確保や賃金アップも可能な会社づくりのポイント

社員の賃金をアップし必要な人材を確保する、というような経営や会社づくりをするための重要点を説明しましょう。

4-1 付加価値の向上

企業において社員の賃金アップを維持していくためには生産性の向上が不可欠です。しかし、バブル崩壊後の日本企業の生産性は低く、その生産性に比例すると言われる賃金は主要先進国の中でも低い水準にあります。

企業の生産性は、簡単に表すと、企業が産出した付加価値(売上高-外部購入費等の経費)を労働力で割ることで得られる値です。従って、生産性を向上させるには付加価値額を増大させるか、労働力を減らすか、という2つの方向性のあることが分かります。

労働力の削減方法としては、労働時間や労働者数等の減少が挙げられますが、その減少分が給与の減少や人員削減になるとモチベーション等の低下に繋がるため、そうならないための取組や工夫が不可欠です。また、そもそも労働時間や労働者数の減少にも限界があるため、別の対応も必要になります。

従って、上記の生産性の向上を図るには、付加価値の向上への働きかけが中心となり、付加価値の要因を改善することが主体となるのです。

付加価値の1つの表し方として、「売上高-外部購入価値」があります。外部購入費は、材料費や人件費、外注費、輸送運搬費、などの商品・サービスを顧客に届けるまでにかかる経費のことです。

従って、付加価値をアップさせるには、売上高をアップする、経費を削減する、その両方を行う、ことになります。売上高のアップについては、生産量と販売量の拡大が重要となり、経費は全体的に削減することが必要ですが、人件費については労働意欲が減退するような削減は適切ではありません。

バブル崩壊後の日本企業を見ると、欧米諸国の企業に比べ売上高が伸びていません。日本の企業の売上高が伸びない中、その販売価格は伸び悩むどころか、下落するケースも多く、付加価値額を減少させる要因になっています。

輸出を成長のドライバーとして発展してきた日本ですが、新興国との競争では製品価格で差をつけられ(為替レートの影響も大きいですが)、性能・品質で差を詰められ、家電や衣類等の消費財のほか、技術水準の高くない工業製品などでも劣勢となっている状況です。

こうした背景により、生産量・販売量は頭打ちとなり、販売価格も低い状況が続くという産業・製品分野が多くなりました。こうした状況を打破するためには、経費を削減した効率的な生産活動・業務活動で生産量を増大させるとともに販売量を増やすことが不可欠です。

価格を望ましい水準に保ち販売量を増やすためには顧客のニーズを捉えるだけでなくライバルに勝ち選ばれる製品・サービスの提供が必要であり、そのための経営戦略の立案と実行が求められます。

たとえば、研究開発を進めて他社にない画期的な性能・品質を提供する、デジタル技術を活用して顧客のパーソナルな要望に迅速に応えられるシステムを作る、最新の設備機械を開発・導入して品質・価格・納期で他社を圧倒する、といった内容の戦略が求められているのです。

4-2 付加価値を向上させる戦略の具体化

ここでは付加価値を増大させる方法を考えていきましょう。

1)大企業と中小企業等の付加価値の差

付加価値を向上させる方向性を探るために、まず大企業と中小企業等の付加価値の差を確認します。

下表は2020年度版中小企業白書の「第1-2-5図」で、企業規模別の労働生産性を示す資料です。資料からわかるように、企業規模が大きくなるほど、生産性が高くなっています。

企業規模別の労働生産性を示す資料

この企業規模別の生産性の差の要因の1つとして、資本装備率の違いが挙げられます。そして、その理由は労働生産性の定義から確認できるはずです。

労働生産性=付加価値額÷労働力

さらにこの式は、以下のように表すことができます。

  • 労働生産性=(資本ストック÷労働力)×(付加価値額÷資本ストック)
  • 労働生産性=資本装備率×資本生産性

従って、資本装備率や資本生産性が向上すれば、生産性が向上するわけです。大企業と中小企業等の資本装備率をみると、以下のような違いが確認できます。

製造業の大企業と中小企業における資本装備率を示す資料

上表は同白書の第1-2-2図で、製造業の大企業と中小企業における資本装備率を示す資料です。表から分かるように大企業の資本装備率のほうが圧倒的に大きく差が開いています。

大企業はその資本力を背景に、大規模の生産設備等を投入して中小企業等をはるかに勝る効率的な生産を行っており、それが付加価値量の大きな差の要因になっているのです。

新設会社や中小企業等が大企業のような資本投入をすることは困難ですが、業務プロセスの効率化や新たな生産方法の導入のために、可能な範囲で機械化や自動化などに取り組むことが求められます。

2)業務プロセスの見直しと新たな価値の創出

設備や機械を導入すれば一定の生産性の向上が期待できますが、さらにその度合いを高めるためには設備等の導入とともに業務プロセスそのものを見直し、より効果のある活用法を見い出すことが重要です。

投入可能な設備等をどのように業務に利用すれば最も多くのアウトプットが得られるか、という視点で業務のやり方を見直す必要があります。これまでの作業方法や手順などにこだわらず、「どのように作業すれば最も効率的か」「設備等をどう使えば生産量が増えるのか」といった点を重視し、業務プロセスを改めるのです。

決定した方法を一定期間試してみてその後に改善を加える、といった方法を繰り返し実施し、目途が立てば標準プロセスとして定着させましょう。

もう一つの方向性としては、新たな事業等に挑戦し新しい付加価値を生み出すことが挙げられます。上記のような改革を進めて生産性を高めることは重要ですが、生産物が売れなくては付加価値額が増えません。既存の製品・サービスがいつまでも売れ続くとは限らないため、新たな産出物も必要です。

つまり、新たな製品・サービスの提供、すなわち、新事業を創出することで付加価値を増やすことも必要になります。そのためには自社のマーケティング力を高める努力も欠かせません。

既存の製品・サービスの拡販を進めながら、新たな事業を発見し育てるために自社のマーケティング能力を強化・向上させる必要があります。

3)デジタル技術やICTの活用

近年のICT(情報通信技術)の発達をビジネスに取り組んで業務効率の向上のほか、新たなビジネスの創出に活用されるケースがよく見られるようになってきました。

たとえば、IoT(モノのインターネット)やAIの活用によりこれまでのビジネスシステムが大きく変わり、新たなビジネスも誕生するようになってきたのです。

これまで人間の作業に頼ってきた業務は、機械やシステムが自動的に行うのみならず、より正確にミスなく、より高い品質でかつ安定して、より早く処理できるようになってきています。

また、今までは人間では不可能だった長時間稼働、危険な作業、判断できない作業などもIoTやAIなどのデジタル技術を活用したシステムが可能にし、それが新しいビジネスになるケースも多いです。

こうした最新のテクノロジーの活用が、新設会社などでも導入できるほどのコストになってきているため、それらを活用した付加価値の増大は容易になってきています。

4-3 適正な賃金アップの実施

賃金アップをすれば、それで社員が納得してやる気を出してくれるとは限らないため、いかに賃金アップを適正かつ上手く実施していくかが重要になります。つまり、賃金アップが社員のモチベーションアップと生産性の向上に繋がるような実施が必要になるのです。

1)公平・公正であること

月給や時間給などの低い短時間労働者の賃金を引き上げることは重要ですが、彼らだけでなく、長期に勤務してくれている他の社員などに対しての賃上げも検討しましょう。誰かは賃上げし、誰かは賃上げしない、といった対応では不満が生じ、労働意欲や忠誠心を低下させることになりかねません。

たとえ一部の社員が賃上げで満足しても、他の社員の多くで不満が持たれる、納得できない、といった感情が生じれば、後者のモノのモチベーションが下がるだけでなく、社員間の余計な軋轢を生じさせ社員全体が労働意欲を低下させることになり得るのです。

職務・役職などによる賃金水準の違いのほか、勤続年数、能力や会社への貢献度などにより社員個々の報酬に差が生じるのは当然ですが、大半の社員が納得できるような公平・公正な賃上げの実施が求められます。

2)明確なルール・基準があること

上記の納得感が得られる公平・公正な賃上げを実施するには、それを可能とする明確な規定や基準が必要です。人事制度における人事考課規定と賃金規定等で賃上げや昇給などについて明確なルールを定め、そこに示される基準などをもとに実施するようにしましょう。

人事制度の要は、評価と処遇の適切な運用であるため、人事考課という評価と処遇の一手段である賃金制度とが適切に連動して運用される必要があるのです。

なお、ここでは賃金制度だけを簡単に説明しますが、自社に合った適切な賃金制度を設定するのは容易ではないため、専門家などの協力を得て作るのが望ましいでしょう。

賃金制度の設計に関する考え方は様々ですが、その根本は「自社が社員の給与・賃金として、どのような行為に対して支払うのか」を定めることにあります。その考えから重視する項目や内容(勤続年数、役職、能力、成果、貢献度、職務内容、等)を挙げて賃金体系を設計していくのです。

賃金体系としては、年齢給、勤続給、能力給、役割給、職務給、成果給、などのほかに諸手当があり、賞与制度(や退職金制度)も含まれます。これらをどう設定するかは、その企業が何を重視するかで変わってくるわけです。

年齢、勤続年数や能力などの属人的な要素を重視するなら年功給と職能給のウエイトの大きい設定となり、仕事の成果や従事する仕事の内容を重視するなら職務給や成果給のウエイトの大きい設定になります。

また、昇給や賞与の配分について、業績との連動、計画目標の達成度との連動、個人の貢献度、などをどのように考慮するかという視点も重要です。こうした設計のあり方は各々一長一短があり、その企業の事業内容や組織風土などによって選択されるべき内容は異なってきます。そのため賃金制度設計は丁寧に進めていかねばなりません。

3)社員の意見も取り入れること

会社が賃金制度設計についてコンサルタントなどの専門家の協力を得て策定を進める場合でも、社員の考え・思いをその制度設計に反映するように取り組みましょう。

経営者と専門のコンサルタントなどが会社の賃金制度を設計する場合、その会社に適した制度を導入しようと試みるはずですが、社員の意見を十分に取り入れないで進めるケースが少なからず見られます。

会社側は、その制度設計した案について、労働組合や社員の代表者などから意見を一応確認するものの、設計段階から多くの社員の考えを聴収しそれを反映させる取組が十分でないケースが多いのです。

社員がどのような賃金制度を欲しているのか、事前に十分把握する必要があります。年功給、職能給、職務給や成果給などの構成とその割合をどうするのか、会社の業績を社員の給与にどう反映させるのか、残業時間の量やその割増率にはどのような希望があるのか、などを確認し反映させることが重要です。

賃金制度設計を行う際には、経営層や人事部等とコンサルタントなどで設計チームを作るケースが多いですが、そうしたプロジェクトチームに各部門の社員を参加させ、彼らを通じて多くの社員の声を聴き賃金制度を作っていきましょう。

4-4 生産性の向上に繋がる人事制度の検討

賃上げの仕組みを是正しても、それだけでは社員のモチベーションアップや忠誠心の向上に繋がるとは限らないため、他の人事制度の内容も適宜改善することが重要です。賃金アップだけが労働意欲を高め、生産性の向上に繋がるのではないため、以下のような要素の改善等も求められます。

その人事制度に関連する主な内容は以下の通りです。

・明確な経営に関するミッションやビジョンの設定

⇒特に現在では、SDGs等の社会貢献をミッションとして掲げ、それに基づく自社のビジョンを設定するケースが多く見られます。こうした社会に役立つ行為を事業として取り組むことは、社員の誇りや働きがいに繋がり、モチベーションアップの源になるのです。

・挑戦する企業文化

⇒過去の成功体験に囚われる組織、これまでの業務ルールに縛られる保守的な行動、リスクを負担しない型にはまった業務、といった企業文化の会社である場合、リスクはあるものの今後の大きな成長が期待できる新しい事業や業務へ挑戦することは難しいです。

困難なビジネスに果敢に挑もうとするビジネスマインドの高い社員は上記のような保守的な会社には集まらず去るだけになってしまいます。逆に挑戦することを許容する、チャレンジ精神を是とする・推奨する企業には労働意欲の高い人を集めることが可能です。

・年間の休日、残業時間、有給休暇の取得に関する適切な設定

⇒働き方改革で休日、残業時間や有給休暇の扱いを適正な状態に変更する動きが強まりましたが、賃上げの際に再度見直すとよいでしょう。社員の労働日数や残業時間を適切な水準に是正し、有給休暇の取得を増大させることで、社員の健康と暮らしを豊かにしていくことは重要です。

こうした労働条件の配慮は賃上げとともに社員の労働意欲を高めます。ただし、そうした変更により給与が減少しないように配慮することは必要です。

・社員教育と福利厚生の充実

⇒社員の能力アップは会社の付加価値の向上に繋がるため、社員に研修や訓練の機会を適切に提供し、自己啓発を推奨する施策などを実施していく必要があります。社員教育を充実させることは、本人の能力アップだけでなく、労働意欲と忠誠心の向上にも貢献し、業績アップを可能にするのです。

福利厚生を改善したり、充実させたりすることも社員のモチベーションアップに役立ちます。福利厚生も範囲が広いため、自社の社員が要望する内容を中心に向上させることが重要です。

5 会社設立の手順とその主な必要書類

会社設立の手順とその主な必要書類

事業機会を逃がさないで事業を始めるには、円滑な会社設立が重要になります。ここでは会社設立の主な手順と必要書類について簡単に説明しましょう。

5-1 会社設立の主な流れ

株式会社を例にすると、以下のような流れで会社設立の手続が進められます。

1)会社の基本事項の決定

会社の設立には、法務局での設立登記が必要ですが、それを進めるにあたり、まず以下の会社の基本事項を決めておかねばなりません。

  • 商号(会社名)
  • 事業目的(どのような事業を行うかの目的)
  • 所在地(法律上の事業所の住所)
  • 資本金(1円から可能)
  • 役員(会社の運営を担う代表取締役、取締役や監査役)
  • 株主の構成(誰がどれだけの株式を保有しているかの内容)
  • 設立日(登記申請した日で決まる)
  • 会計年度(事業年度)

2)会社印鑑の作成

法務局に提出する登記申請書に押印する会社の「代表者印」(代表取締役の印鑑)が必要です。通常、「会社代表者の印鑑」が「会社実印」として使用されますが、金融機関等で使用する、いわゆる「銀行印」は別に作成して使用するのが一般的です。

ほかに、事業開始後から頻繁に使用することになる社印(角印)やゴム印(横書き)なども作成することになります。

3)定款の作成と認証

定款とは、会社設立時に発起人全員の同意により定められる企業の根本原則(活動上の基本ルール)です。定款の記載内容は会社法によって定められており、会社の目的や商号など必ず記載する「絶対的記載事項」のほか、「相対的記載事項」と「任意的記載事項」があります。

たとえば、絶対的記載事項の項目は以下の通りです。

  • 事業の目的
  • 商号
  • 本社所在地
  • 資本金額(出資財産額)
  • 発起人の氏名と住所

なお、株式会社の場合、定款の作成後に公証役場で認証を受けねばなりません(合同会社の場合は認証が不要)。

4)資本金の払込み

指定の金融機関に資本金を払い込み、残高証明書の発行を受けておく必要があります。

資本金の払い込みは、定款が認証された後で行いますが、まだ会社設立登記を行っていないため、会社の銀行口座を開設することができません。そのため、資本金の振込先は、発起人の個人口座を使用します。

会社法上、資本金は1円から可能ですが、資本金が少ない場合、事業の運転資金に支障をきたしたり、取引先や金融機関等からの信用が低くなったりと不利益が生じることもあるため注意が必要です。

なお、登記申請の際に、資本金の振り込みを証明する書類が必要になるため、残高証明書を入手しておきましょう。

5)登記申請

法務局で会社設立の登記申請を行います。後で説明する必要書類を漏れなく準備して提出することが重要です。

6)会社設立後の諸届出

会社設立後は、今後の納税に関しては税務署へ、健康保険・年金保険・労災保険などの社会保険に関しては労働基準監督署、社会保険事務所、ハローワークなどの機関へ必要な届出を行わねばなりません。

5-2 法人登記で必要となる書類

法務局で登記申請する際には以下の書類が必要になります。

1)登記申請書

会社形態により記載事項等が変わりますが、主な項目は以下の通りです。

  • 会社名(商号)
  • 本店所在地
  • 公告をする方法
  • 目的
  • 発行可能株式総数
  • 発行済株式の総数並びに種類および数
  • 資本金の額
  • 株式の譲渡制限に関する規定
  • 役員に関する事項
  • 添付書類の一覧
  • 登録免許税 等

2)登録免許税納付用台紙

登録免許税納付用台紙は、登録免許税分の収入印紙を貼付した用紙のことです。なお、登録免許税は資本金の額に基づき算出して、郵便局や法務局で登録免許税分の収入印紙を購入し、それを台紙に添付します。

3)定款

先の説明の通りです。

4)発起人の同意書

これは、発起人全員の合意により、定款で記載していない事項について定めた書面です。たとえば、本店所在場所、割当てを受けるべき株式の数および払い込むべき金額、資本金の額、などの項目になります。

5)設立時代表取締役の就任承諾書

代表取締役に就任する者がそれを承諾する旨を記載した書類です。

6)設立時取締役の就任承諾書

これは「設立時取締役に就任することを承諾した」ことを証明する書類になります。

7)設立時取締役の印鑑証明書

法務局での登記申請では、個人の印鑑証明書が必要ですが、その印鑑証明書は取締役会の有無により決まります。取締役会を設置しない場合は取締役全員の印鑑証明書が1通ずつ必要です。取締役会を置く場合は代表取締役の印鑑証明書が1通必要になります。

8)資本金の払い込みを証明する書面

これは定款に記載した資本金を証明するための「払込証明書」のことです。具体的には、払込証明書の表紙と通帳のコピー(通帳の表紙・1ページ目・振込が記帳されたページ)で払込証明書を作成します。

9)印鑑届出書

印鑑届出書とは、会社の実印となる代表者印を法務局に届け出るための書類です。

10)「登記すべき事項」を記載した書面・保存したCD-R

これは登記事項で必要となる項目をすべて書き出したもので、A4の紙か、CD-Rでの提出になります。

6 まとめ

人材確保や賃金アップが可能な会社づくりと会社設立の手順

ビジネスチャンスを逃がさないように会社設立する場合、その手順を把握して手続を円滑に進めることが重要になります。会社設立後は物価高騰といった厳しい経営環境を乗り越えるために、自社の付加価値を高めることが必要になりますが、それには賃上げによる社員の労働意欲と忠誠心の向上が欠かせません。

この機会に企業の付加価値を向上させるための、適切な賃金アップや人材確保に有効な施策、業務プロセスの改善などの方法を検討してみてください。

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